切手コレクターの心構え

切手コレクターの通った道

戦後の一時期には、切手収集は老若男女を問わずたいへんな人気があって、郵政省は花や魚、国立公園や各地の記念物の記念切手シリーズを連発し、また東京五輪、大阪万博などの国家的なイベントをテコにして、切手を売りまくりました。

歴史的に見れば日本の郵便制度の整備・発展と、第二次世界大戦に至るまで、中国大陸・南洋に版図を拡大した国家的な要請から、切手は多くの意味を背負わされて、ある種の国威のシンボルとして活用されてきたのです。

しかし、それが終戦、民主国家の発展と経済成長のなかで、「平和な切手利用」が進みました。

優れた意匠、印刷技術を含めて日本の切手の黄金時代は高度経済成長とともにあったといってもいいでしょう。しかし多くの切手コレクターはその頃の負債を抱えて、曲がり角に立たされています。

切手の価値とはなんでしょう

かつては切手には信用があり、日本国の債務として現金同様に使われた時代もありました。通信販売では郵券〇〇円分同封の上、といった表現で事実上の銀行小切手(郵便局小切手だが)的な役割を担ったこともありました。

宅配業者の発達、私信以外の文書配送などが進むなかで、インターネット革命がロイヤルメイル(英国)やフェデラルメイル(米国)は、Eメールに取って代わられました。

日本郵便も大きくその姿を変えています。いまは切手には額面以上の価値は期待できず、いくばくかの手数料を払って使いやすい額面・形態の切手に交換してもらえるだけです。切手は切手としてしか利用できず、同額のお金に戻すことすら難しいのです。

切手が語れるものとは

海外でも日本でも、よっぽどの珍品切手は別としても、オークションなどで人気があるのは、何らかの歴史的価値のある切手です。

なぜそのときにその切手が発行されたのか、なぜその通信に使用されたのか、なぜ後世にそれが残されたのか、なぜ多くの人がそれに興味を持っているのか。そのような多くのなぜに答えを用意するのが、切手に限らず歴史的な遺物のコレクターの役目ではないでしょうか。

切手には美術的な側面もあり、そのようなアプローチからコレクションをすれば、また多くのなぜに応えることができるかも知れません。
考えて答えを追い求めるのがコレクションの目的であり、切手のコレクションもそういう本来的な意義に戻るのではないでしょうか。